万能細胞とは、心臓や胃腸などどんな器官にもなりうる「分化多能性」を持った細胞です。ノーベル生理医学賞を受賞した iPS細胞(人工多能性幹細胞)が有名ですが、万能細胞の実用化の道は、現在どこまで進んでいるのでしょうか? 調べてみました。

 

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再生医療を支える万能細胞とは?

再生医療と万能細胞

注目される万能細胞

	iPS細胞作製。山中教授のノーベル賞受賞を伝える新聞記事
山中教授のノーベル賞受賞を伝える新聞記事

万能細胞という言葉は、1998年にES細胞(ヒト胚性幹細胞)が報告されたときから使用されはじめました。

ヒトの体はおよそ60兆個の細胞で構成されていますが、元をたどればこれらの細胞はすべて、たった一つの受精卵から分化・増殖して形成されたものです。
したがって、受精卵の細胞分裂のごく初期の段階で、胚盤胞の内部細胞塊から細胞を取り出してこれを培養すると、心臓や胃腸など人体のあらゆる器官に分化誘導することができる多能性をもったES細胞を作ることができます。

ただ、ES細胞はヒトの受精卵から作られるために、受精卵を壊して細胞を取り出すプロセス(=生命を奪う行為)が、生命倫理の面で常に問題視されてきました。

これに対して、京都大学の山中伸弥教授らの研究グループは、2007年11月、ヒトの皮膚細胞からES細胞と同様の能力をもったiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作ることに成功しました。
ヒトiPS細胞は患者自身の皮膚細胞から生成できるため生命倫理の面でも問題はなく、何よりも患者と同じ遺伝情報を持つiPS細胞からは、拒絶反応が起きない移植用の細胞や組織を作り出すことができます。

(画像:朝日新聞 2012年10月9日)

再生医療への道

iPS細胞が評価された理由

ヒトの皮膚細胞を使用した万能細胞の開発に成功したのは、山中教授らの研究グループが世界で初めてでした。iPS細胞は、ES細胞と違って生命倫理面での問題もありません。免疫拒絶の無い再生医療の実現に向けて、世界中の注目が集まっています。

万能細胞を使い、事故や病気によって失われたからだの細胞、組織、器官を再生し、機能の回復をはかる再生医療。万能細胞の研究が進めば、今後、より多くの病気の治療が可能になると考えられています。

万能細胞を使った再生医療が、今後の医療の新しいスタンダード(標準医療)になろうとしているのです。

また、再生医療への応用のみならず、万能細胞から病変組織の細胞を作ってその病因・発症メカニズムを研究したり、薬剤の効果・毒性を評価するなど、今までにない全く新しい医学分野を開拓する可能性をも秘めています。

この功績によって、山中教授には2012年度のノーベル生理学・医学賞が授与されました。

万能細胞の研究の現状

すでにヒトの肝臓の作製にも成功

iPS細胞を使った再生医療研究は多くの国で国家的プロジェクトにも採択され、世界中の大学や研究機関で熾烈な開発競争が繰り広げられています。一部ではすでに臓器を作ったり、移植したりといった成果も出始めています。いくつかの事例を挙げると次のようです。

加齢黄斑変性の治療
加齢に伴い眼の網膜にある黄斑部が変性をおこす病気です。症状がすすむと失明に至ります。2013年2月、理化学研究所などのグループが世界で初めてiPS細胞を使った臨床研究に着手。翌2014年9月に患者のiPS細胞から作った網膜の細胞を、患者に移植する手術を実施し成功しました。実際に患者の体に移植したのは世界初となります。

パーキンソン病の治療
2014年2月、京都大学のグループがドーパミンを分泌する神経細胞を大量に作成する方法に成功。2015年から患者のiPS細胞を使った臨床研究を開始し、2018年には再生医療を実現させる構想を発表しました。

癌治療
2015年4月、理化学研究所らのグループが、2018年をめどにiPS細胞からナチュラルキラーT細胞(癌を攻撃する免疫細胞)を作成し、主に舌癌の患者に対する臨床試験を開始すると発表しました。

肝臓の移植
2013年7月、横浜市立大学のグループがヒトiPS細胞から直径5ミリ程度のミニ人工肝臓を作り、マウスの体内で機能させることに成功しました。iPS細胞から血管構造を持つ機能的なヒト臓器を創り出すことに成功したのは世界で初めてです。 同グループはさらに、2015年1月、血管の細胞とiPS細胞とを一緒に培養することで、血管のような微小な構造を備えた人工肝臓を開発したと発表しました。

その他の動向
iPS細胞を使った再生医療の研究は、上記のほかにも脊髄損傷の治療、視神経細胞の作製、糖尿病治療のための膵臓ランゲルハンス島の作製、筋ジストロフィーの治療など、多くの分野で実用化が試みられています。

予期せぬ倫理問題も浮上

一人のiPS細胞から精子と卵子を作って受精させる?

iPS細胞は、ES細胞と違って生命倫理の問題は存在しないと思われていたのですが、研究が進むにつれて新たな、かつ深刻な倫理問題が発生してきました。

iPS細胞を使うと、女性の体細胞から精子を、また男性の体細胞から卵子を作り出すことが容易にできます。それどころか、一人の人間から精子と卵子をつくってクローン人間を大量に生み出すことも可能です。

実際、2012年10月には京都大学のグループが、マウスのiPS細胞から精子と卵子を作製し、それらを元に受精・出産に成功しました。また、2014年12月には英国ケンブリッジ大学などのグループが、ヒトのiPS細胞を使って精子や卵子のもとになる「始原生殖細胞」を安定的につくることに成功したと発表しています。

これらの研究は、ヒトの不妊治療には大変役立ちますが、使い方を一歩間違うと大変な問題を引き起こしてしまいます。今後早い段階で、倫理面での規制確立が必要です。

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